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ジョジョの件

どうも。
30年ジョジョを読み続けているtacconiです。
最近はちょっとリアルタイムというわけにはいってないんですが。
単行本でまとめて読むという感じですかね。


私の記憶が確かなら、第7部である「スティール・ボール・ラン」の途中で、週刊少年ジャンプから月刊のウルトラジャンプに移動したと思うんですが。
そのあたりから、雑誌では読まなくなりましたね。
マンガ雑誌もけっこうかさばるからね。
何冊も買うのは、ちょっときびしいです。


しかし、やっぱりそのあたりから。
「スティール・ボール・ラン」のあたりから、「ジョジョは変わった」と、俺は思っています。


これが週刊から月刊にうつるということなのかなあ、と当時は思ったような気がするんですが。
あと、ジャンプとウルトラジャンプでは、読者の層も違うのかな、と。
なんとなく、大人向けになったというか。
少年マンガ的な要素が減ったような気がします。


現在進行中の「ジョジョリオン」では、さらにそうですよね。
「岸部露伴シリーズ」とかもそう。
ちょっと大人に向けての読み物的な要素が増えているのかな、という気がします。


初期の第一部とか第二部は、さすがに少年マンガ的な要素であふれているもんなあ。
必殺技とか修行とか、生き別れの家族とか因縁のライバルとか。
それでも、あの当時では十分に異彩を放つマンガだったんですけどね。


しかし、そうやって少しずつ内容とかテーマとかを変化させながらも、30年間マンガ界の第一線で活躍するというのは、ハンパじゃないと思います。
40年続いた「こち亀」というマンガが終了してしまった今、「ジョジョ」が長寿マンガの代表」と言ってもいい状況なのかもしれませんね。
いや、素晴らしい。


と、こんな風に「ジョジョ」をほめるのも久しぶりです。
別にわざわざほめなくても、「ジョジョ」が素晴らしいマンガ作品であることは、世の中に広く周知されていますからね。
ねえ。


だから、実写映画なんか作らなくていいって言ってんだろうが、バーカ!
ってことです。


この際だから、はっきり決めとこうよ。
実写映画ってさ。
原作マンガにとっては、不幸以外の何物でもないよ。



もうここで終わらせよう。
呪われた歴史は。
誰もが不幸になる、こんな無駄な行為は。



マンガを実写映画化しちゃダメ!
あるいは。
映画化するのは、売れてないマンガじゃなきゃダメ!


映画界の人もさ、情けないと思わないのかね。
人気のあるマンガに乗っかって、どうしたってある程度の収益が見込めるものを作るよりも。
人気のないマンガを題材にして、俺が大人気の映画を作ってやるよ。
って。
そういう意気込みがほしい。


逆に、そのくらいの意気込みがないと、いい映画にならないと思う。


宣伝の仕方も、いちいち腹が立つよな。
「豪華俳優陣が勢ぞろい!」
とか。


ジョジョの原作のキャラ以上に、魅力的な俳優なんか、存在しねえ!
はっきりしようぜ。
原作が上! 映画が下だ!
一定以上の人気があるマンガにとって、実写映画化は名誉なことでもなんでもないんだよ!


日本映画なんか、どのくらいの人間が見てるってんだよな。
「千と千尋の神隠し」が2300万人の動員数で歴代一位。
「ジョジョシリーズ」の単行本の発行部数は、9000万部だ、バカヤロー!


「ワンピース」にいたっては、単行本が3億部だからな。
少なくとも、日本映画よりも日本のマンガ業界の方が巨大な市場であることは間違いないんだよ。
だから、マンガの実写映画ってのは、いわばマンガを食い物にする寄生虫みたいなもんなんだよ。


寄生虫みたいな映画監督が、ゴキブリ映画で失敗して、また別な宿主を探し当てましたって感じだろう。
いや、マジで。


出演者もさ。
豪華だななんだといってもね。
10年後に残っている俳優が、何人いるんだろうね。
「ジョジョ」という作品を、アンタらが食いつなぐためのものにしてほしくないんだよね。


せめて、劇場公開とかじゃなくてさ。
ネット配信ドラマとかにしてほしいわ、マジで。


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気ままに映画批評 第32回 「テラフォーマーズ」

どうも。
映画を見ると、ブログを更新しようかなという気になるtacconiです。
もちろん、全部の映画の感想を書きたくなるわけではないんですが。
ブログに書きたくなる映画は、やっぱり面白かった映画か、あるいはすごくつまらなかった映画ですね。


というわけで、今回の「テラフォーマーズ」はすごくつまらなかった方の映画です。
いや、映画ファンならもう知ってますよね。
この「テラフォーマーズ」が、おそらく今年一番の地雷映画だってことは。
数々の映画批評サイトやブログなどで紹介されていましたからね。
公開前からね。


なんでだろう。
それこそ、あちこちのブログやサイトなどで、「なぜ面白くないか」ということが、熱心に議論されたりしています。
ええ、そうです。
この映画が万人に向けて面白くない映画であることは、もはや前提なんです。


面白いかどうかではなく、どう面白くないのか。
事態はすでに、そういう段階に入っています。


俺が思うに、この映画は、「よおく読めば、実はたいして面白くないマンガであることが分かる原作コミックを、よく読まずに作ってしまった」ということだと思います。
そうです。
マンガが原作の映画というのは、よく評価が極端に分かれます。
原作よりもつまらないとか、原作の雰囲気をぶち壊しにしてしまったとか。
その点、この映画は大丈夫です。


原作も、実はたいして面白くありません。


ストーリーは、深く作ってありそうに見えますが、実はたいして深くありません。
世界観も、一見してかなりしっかりと作りこんでありそうですが、実はたいして作りこんでいません。
キャラクターも、みんな違うように見えますが、根っこの部分はほとんど同じようなキャラです。
そして、このマンガは原作者と作画が別なんですが。
絵もぱっと見うまそうに見えますが、実はそんなにうまくないと思います。


ホント、全部ぱっと見のマンガです。
これは、火星に行ったらゴキブリが巨大に進化していた、という出オチのマンガにはぴったりだったと思いますが、それ以上のことは何もありません。
このマンガは、現在18巻まで出ているようですが、第一話、第一巻を超えるインパクトは、一切出てきません。
本当に、出オチのマンガです。


いや、ついマンガの批評になってしまいましたが。
そのぐらい、原作ははったりというか、見せかけに満ち溢れていますので、それを元にして作った映画が面白くなるはずがないということです。
逆に、これで面白い映画ができてしまったら、それは間違いなく監督の手腕だと思うんですが。
もちろん、そんなことはありません。


俺がこの映画を観たときに、一番「監督、やる気あんの?」と思った部分は。
音楽や効果音があまりないことでした。
ホントにあんまりない。
普通のSFとかアクション映画の半分よりはるか下、5分の1くらいの音の量です。


宇宙船に乗って、火星に行くって話なんだからさ。
ロケットに乗っている間、いろんな音がすると思うんだよね。
機械の電子音とか、エンジンの音とか。
人の足音すらしない。
音って、臨場感を出すためにすごく大事なんだな、ということに気づかせてもらえる映画でした。


あと、BGMもね。
ほとんどの場面で、無音です。
これは小劇場か何かのお芝居なのかって思うくらい、無音です。
人の声しかしない。


かの有名な映画監督であるスティーブン・スピルバーグは、映画の中の音楽について、こう語っています。
「映画監督の力で、観客の目に涙をためることまではできる。しかしその涙をポロリとこぼさせるのは、音楽の力なんだ」
と。
名言です。


俺も詳しく知っているわけではありませんが、映画を作るとき、どの場面でどんな音楽を挿入するかというのは、かなりの部分、監督に委ねられていると思います。
演技をしている役者さんの問題ではありません。
映像を取ったカメラマンの仕事でもありません。
どんな音楽を使うは、歌手とのタイアップとかいろんなしがらみもあるかもしれません。
しかし、音楽自体を入れるか入れないかと決定したのは、おそらくはこの映画の監督の仕業ではないかと思います。


音楽すら選ばない、入れないって。
「この監督、やる気あんのか」って、本当に思いました。


映像がつまんなくても、音楽でカバーできる部分って、けっこう大きいから。
音楽だけ印象に残る映画っていうのも、けっこう多いから。
サボるなよ。
ちゃんと選んで、入れようよ。
あんな無音な時間が長い映画、久しぶりに見たよ。


要するに、一事が万事です。
音楽すら入れてないんだから、全部そんな感じでいい加減です。
誰に向かって、何を訴えたくて作っているのか、さっぱり分からない映画です。
ただただ原作を実写で撮ろうとしただけの映画です。
その原作もたいして面白くありませんから。
そういう映画です。


「テラフォーマーズ」
20点。



DVDでも借りたこと、時間を使ってしまったことを後悔しますから。
映画館で観た人は、本当に気の毒だと思います。












噂のブログ

どうも。
チャゲandアスカが好きなtacconiです。
略してチャゲアス。
あるいは好きだったと言った方が、世間体的にはいいんですかね。


なにせ、俺の中学、高校くらいがチャゲアスの全盛期といっていい時代でしたから。
そりゃあもう、聞いてました。
CDも買ってました。


最近はあんまり聞かなくなっていたけど。
それは、音楽自体をゆっくり聞く時間が少なくなってしまったので。
久しぶりに聞くと、やっぱりいいよね。
やっぱり俺は、チャゲアスのファンです。


そんな俺が、ネットで話題になっているアスカの直筆によるといわれるブログを読みました。
うん。
ああ、これは。
噂にたがわぬぶっ飛びっぷりだな、と思いました。


ネットではけっこう話題になっていたけど、テレビとかであんまり取り上げている印象はなかった。
俺が見てないだけかもしれないけど。
でも、それもそうかもしれない。
これは、テレビとかで放送できるレベルの話ではない。
相当ヤバい。


あの文章を、本当にごく最近のアスカさんが書いたのだとしたら、けっこうショックだ。
薬物依存の治療などがどのような経過になっているのか知らないが、まだまだ闇が深そうだ。
アスカの復帰があるかどうかわからないけど、あったとしても、まだだいぶ先の話になりそうだ。


でも、ブログを読んでいて思ったのは。
けっこう文章がうまいね。
アスカは作詞家でもあるんだろうけど、長い文章を書くのもけっこううまい。
あれは、日常的にかなり読書をしている人の文章だと思いました。


ブログはいくつかの章に分けられていて、全部読むのにはけっこうな時間が必要なんですが。
各章の最後に、詩がついているんだよね。
その詩がまた、秀逸で。
チャゲアスのファンとしては、これは本当にアスカが書いたものなんだな、と信じるに足りるものでした。


いや、まあしかし、秀逸っていうのは、技術的な話であって。
詩の内容自体は、各章の話をまとめるようなものになっているから。
中盤あたりから、だんだんとヤバい匂いがしてきます。


でもなあ。
この言葉のチョイスとか、表現って、すごくアスカらしいなあ、と思うし。
これがそのまま歌になっても、違和感ないなあと思ってしまうんですよね。


そう考えると、今まで俺が気持ちよく聞いていたチャゲアスの歌の中にも、このブログに載っていてもおかしくないようなものがあるんじゃないかと思ったりして。
あまり深くは考えない方がいいのかもしれません。


あのブログに書いてあることの何が真実で、何がそうでないのか。
アスカがずっと戦っているという、盗聴集団は本当に存在するのか。
確かめる術は俺にはないし、あまり興味もありません。


ただ一ファンとしては、チャゲandアスカというのは一つのを完成されたアーティストだと思っていますので
彼らがいなくなれば、他の似たような曲を聞けばいいというものではない。
彼らの歌は、彼らにしか作り出せないものだと思っています。


だからまた、聞きたいですね。
本当にそう思います。


鹿児島の県知事選挙

どうも。
日曜日は投票に行ったtacconiです。
家族で選挙に行くというのもいいですね。
散歩がてら。
親が投票に行くという習慣を持っていると、それが子供にも伝わるのかもしれません。


2016年7月10日は、全国的には参議院選挙の投票が行われたはずですが、鹿児島では県知事を決める選挙も同時に行われました。
東京都知事は注目されてますが、鹿児島はそうでもなかったですね。


で、今回の県知事選挙は現職で3期12年知事をつとめた人と、新人で民間出身の方の一騎打ちになったわけですが。
現職が負けましたね。
新人候補が当選されました。
鹿児島県に12年ぶりに新しい知事が誕生したことになります。


バラシてしまえば、俺は現職の方に投票しました。
仕事や生活など、いろいろなことを踏まえて、熟考したうえでのことでした。
で、惜しくもその一票は無駄になってしまったわけですが。


考えてみると、いろんな選挙で自分が投票した人が落ちたのを初めて見た気がします。
国政選挙も地方選挙も含めて、初めてかもしれない。
こんな感じなんですね。
けっこう悔しいですね。


自分はいつも主流派のつもりだったんですが、今回初めて少数派になってしまいました。
そうかあ。
こんな気持ちなのかと思いました。
残念ですね。


社会の多数派から、「お前は少数派なんだ」と突きつけられる現実。
いつもは自分が向こう側でしたから気が付きませんでしたが、こっち側に来ると、なんだか多数決というシステム自体を考えたくなってしまいます。
まあ、それは負け惜しみですね。


落選した候補が一番悔しいでしょうが、やはりそれには何か理由があったのだと思います。
主義主張やそれのPRの仕方、日常の行動言動、それらを見て、鹿児島県民が判断を下したのでしょう。
俺もそれらのすべてを容認するわけではありませんが、総合的に見て、落選した候補の方がメリットが大きいと思ったから投票したんですが。
世間との考えにはズレがあったようですね。


これからの鹿児島の県政がどうなっていくのか。
自分が応援した候補が当選したときには、「よし、頑張っていこう」という気持ちになりましたが、こうなると、そんな気にもなれないもんですね。
なんか、どうでもいいってわけではないですけど、脱力感があります。


しかし、少数派の人たちの中でたまにいる、「ほら見てみろ。だから俺は反対したんだよ。俺は知らないからな。選んだお前らの責任だからな」っていうのは、以前からちょっと違う気がしていたので。
そうならないように、出た結果は受け止めて、前向きに県政を見守っていきたいですね。



「銃夢 火星戦記」 無念!

どうも。
たまに本を衝動買いしてしまうtacconiです。
そのとき、瞬間的に興味を持ってしまった本とかね。
結局、読まずに積み上げてしまうことも多々あったりするんですが。
まあ、衝動買いは大人のロマンですよね。


というわけで、衝動買いってわけでもないんですが、
「銃夢 火星戦記」
という漫画を買ってしまいました。


この漫画は、もう25年くらい前から続いている「銃夢」という漫画シリーズの第3章ということになると思うんですが。
あんまりメジャーではありませんが、その独特な雰囲気と世界観で、マニアックなファンが多い作品ではないかと思います。


俺もけっこう初期のころからずっと読んでいるんだけど。
途中、ちょっと不可思議な形で第1章が終わってしまったり。
作者が出版社ともめて、漫画業界ではちょっと珍しい雑誌を移籍しての連載を続けたりして。
なんか、よくわからなくなっていた。


まあでも、作品自体はけっこう好きだからな、と思って、久しぶりにこの「銃夢 火星戦記」を買って読んでみたんですが。
???
なんか、よくわからない。

これでいいんですか、と作者や編集者の方に聞きたい。


面白いとか面白くないとか以前に。
話がよく分からんでしょう。
俺のようにずっと読み続けている人でも、ちょっとピンこないのに。
この「火星戦記」から読み始めた人は、ぜんぜん分からないと思うけどね。


それまで続いていた漫画作品を、タイトルを変えて、第一話からスタートするってのは、いろんな事情があると思うんだけど。
せめて、そこから読み始めた人がある程度納得できるくらいのものを描かないといけないんじゃないかな。
登場人物の因縁など、細かい部分は無理にしても、なんとなくわからせるくらいには描かなくてはいけないと思う。


25年以上連載をやっているんだから、この漫画の作者・木城ゆきと氏はもうけっこういい大人なはずだが。
なんか、いまだにそういう読者への気遣いというか、気配りができない人なのかな、と思います。


そうですね。
だいたい、この漫画の作者は読者のことをあんまり考えていないと思う。
それはずっとそうだ。


この漫画の作者は、読者が求めるものを描いているわけではない。
自分の頭の中で作ったストーリーを漫画にしているだけだ。

とはいっても、漫画というものは程度の差はあれ、だいたいがそういうものなんだろうけど。
今回の「火星戦記」を読んで、ひどくそう感じざるを得なかった。


読者側から見て、「火星戦記」を含めた25年にわたる「銃夢シリーズ」のストーリーの最大のキモというのは、
「主人公・ガリィの過去」
だったと思う。


主人公であるガリィは、過去の記憶を一切失ったまま登場し、ただ一つ覚えていた「機甲術」という格闘技術を手掛かりに、自分の過去を探りながら過酷な世界を生き抜いていく。
というのが、「銃夢」の最も重要な縦軸となるストーリーのはずだった。


人並み外れた強さと凶暴な本能を持ちながらも、過去を失ってしまっていることで、精神的な弱さを感じさせる。
主人公自身も自分の過去を知らないからこそ、少しずつ明らかになっていく事実に、読者が感情移入できる。
はずだった。


実際、「火星戦記」の前章となる「銃夢 LastOrder」の途中で、ガリィが過去の記憶の大部分を取り戻した時には、けっこう感動した。
それまで読み続けてきた読者には、ガリィと共感するような達成感があったはずだ。
しかしそれでもまだ、100パーセントではない。
まだガリィの過去とそこに関わった人物などに関して、多くの謎が残されている。
今後は、それがまた少しずつ明らかになっていくものだと、胸を躍らせたはずだった。


しかしながら。
この「火星戦記」で登場した主人公・ガリィ。
なんか、全部知っているっぽい。


物語上で3年間ほど、行方をくらましていたらしいが。
どこかで何かやってきたらしい。
そこで自分の過去をすべて理解したとでもいうのだろうか。
あまつさえ、ガリィの過去に深く関わっている、姉のような人物・エーリカ関しては。
エーリカ本人よりも多くのことを知っているっぽい。


そうじゃねえだろ、木城ゆきとさんよ。
確かにあなたの頭の中では、25年前からしっかり決まっていたことかもしれんけど。
ガリィは「知ってるキャラ」じゃないだろう。
永遠に「知らないキャラ」だからこそ、主人公やってたんじゃないのかい。



いつだって「知らないキャラ」だからこそ、もがいて、あがいて、騙されて、それでも生き抜いてきたんじゃないのかい。
「わたしが信じられるものは、この機甲術だけだ」
って言って、目の前の敵にぶつかっていくことしかできないのが、ガリィだったんじゃないのかい。
読者も何も知らないからこそ、そこに共感できたんじゃないのかい。


読者が知っている以上のことを知っているガリィなんて、もうガリィじゃないよ。
主人公じゃないよ。
作者は早いとこ物語を進めたくてウズウズしてるのかもしれないけど。
そこは読者のことを考えてあげないと。


なんか、これまでの長い長い「銃夢サーガ」が、全部雲散霧消したような気分だよ。
それも、主人公がかつての主人公自身を裏切るという、最も最悪な形で。
まあ厳密に言えば、脳が別だから別人なのかもしれんけどね。


とにかく。
もうちょっと、読み手のことを考えようぜ。
ずっと漫画家やってんだからさ。
既成の概念をぶち壊すっていうのは、こういうことじゃないよ。
長く続いている漫画には、一本通っているスジというものがあるよ。


「銃夢 火星戦記」は、そういう25年続いたスジをぶち壊しにしてしまった作品ですね。
これまでの「銃夢シリーズ」はずっと読むけど、これはもう読まないと思います。



プロフィール

tacconi

Author:tacconi
鹿児島在住の会社員。
ピザ好き。
カメラ好き。 
CANON 70D 使用。
ユベントス大好き。

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